INTERVIEW 2020/12/04

失敗だらけの2年間で見つけた 「日本の未来に寄り添える仕事」 リバラボインターンシップから初の看護師 ー卒業ストーリーVol.3ー

 こんにちは、リバラボ広報部のきこりんです。

 リバラボインターンシップでは、学歴・職歴に関係なく18~29歳の若者が2年間の長期有給インターンを通し、キャリアを再生するプロジェクトです。2年のインターンを卒業した後は、転職までサポートしています。

 リバラボ決起会の一角、高揚とした雰囲気に合わせアップテンポな音楽を回しているDJがいます。リバラボ生の友基 (31歳) です。
 日本の医療を変えようと地元・北海道で看護師をする傍ら、DJとしても幅を広げていた友基ですが、思うようにいかず志半ばで断念。それでも目に見える形で何かを成し遂げたいという思いから、2018年4月にリバラボへジョインします。天才肌な一面と一緒に頑張るメンバーにも恵まれ、営業成績や役職は順調に上がっていくも、唯一 「将来の目標」 だけは不明瞭なまま過ごします。
 そんな彼がリバラボを通して 「心に火がつく」 1つの軸を見つけ、看護師として再スタートを切りました。多くの失敗、成功、挫折から得た将来への道筋とは? 2年と8ヶ月、彼のこれまでとこれからに迫ります。

■燻っていた自分を支えた原動力

ーあらためて、卒業おめでとうございます! 友基が卒業、まだ実感がないです。
【友基】
 ありがとうございます!リバラボでの日々が濃すぎて、自分でもまだ「本当に卒業するのか? 」 と思ったりします。

ーここで頑張る原動力って何だったのでしょう?
【友基】
 進学のときの挫折、そして元医療従事者としての挫折経験ですかね。
 自分は中学3年生の時、白血病で倒れたことがあります。受験は諦め、同級生とは1年遅れで高校に入りました。もともと勉強は好きで進学校を目指していましたが、この病気をきっかけに地元で1番偏差値が低い高校に通うことになり、これが1つ目の大きな挫折です。2つ目は医療者としての挫折、大学を卒業後、念願だった看護師として働いたにも関わらず、上手くいかず投げ出してしまったんです。病気は不可抗力かもしれませんが、そこから頑張れなかった情けない自分にはなりたくない、諦めてきた人生がある分成長できる伸びしろがあるんだと思い、それが原動力になっていましたね。

ーリバラボでも一度、大きな挫折があったとか。
【友基】
 そうですね。入社して1年半経った頃、一度だけ役職が降格になったことがありました。チームの売上は順調だったけれど、当時支局長だった自分の売上だけが悪かったのですが、これもトップの自分が解決しなきゃとか変なプライドが前に出て素直にSOSを出すことが出来なくて。ある日営業終わりに事務所へ戻ると、当時の支局のリーダー陣が集まってきて、「友基さん、話しましょう」 と上下関係なく互いに納得がいくまで自分の改善すべき点を話してくれたんです。

ー厳しいことも言われたのでは?
【友基】
 厳しいこと「しか」言われてないです。(笑) 「いつも暗い顔してますよ」 「メンバーとももっとコミュニケーションとってください」 「俺たちをもっと頼ってくださいよ」 って。情けない気持ちとありがたい気持ちが半々でしたが、ここまで自分を思ってくれるメンバーがいることに気づけたことは大きかったですね。それからは面白いように売上が伸びていき、その月で元のチーフマネージャーに返り咲くことができました。

ーこれが当時友基が所属していた埼玉支局の強みですよね。

※当時の埼玉支局。支局スローガンとして “One for all, All for one” を掲げていました。スローガンの通り、チーム全体のために一丸となって取り組む姿勢で、支局ランキング1位4連覇という偉業を成し遂げました。

■失って初めて気付いた、自分の軸

ー一度は諦めた看護師の道をまた歩もうと思ったのはなぜですか?
【友基】
 リバラボに入って1年目のときだったかな、かつて地元の北海道でお世話になった方が病気で亡くなったんです。元医療従事者として身近な人に少しも役に立てなかったこと、その方のご家族の方にも、なんと言葉をかけていいのかも分かりませんでした。あの時感じた無気力は一生忘れないと思います。

 この出来事が起こる前は、好きだったDJのスキルを活かしてクラブを経営してみたいとか、DJで食っていきたいとか正直フワっと思っていましたが、大切な方を亡くした時に「そんなことやってる場合じゃないだろ」 と考え直す機会になりました。まさか自分でもまた看護師に原点回帰するとは思いませんでしたが、自分はやはり「医療の世界で人の役に立ちたい」 と思えたんです。

ーそうだったんですね…。次の就職先はどこで?
【友基】
 次の就職先は、「自宅で自分らしく死ねる そういう世の中をつくる」 という理念を掲げ在宅医療にコミットしている医療法人社団 焔 (TEAM BLUE)の、おうちでよかった訪問看護にて働くことが決まっています。患者さんが最後を迎えるときって病院で孤独に亡くなるより、家でそして家族に看取られるのが理想じゃないですか、そんな最後が広がるように事業展開しているところです。
 この焔っていう字、「心に火を付ける」 という意味なんですが、これにビビッときたんです。まさに自分が追い求めていたもの、そして日本の未来に寄り添える事業はここしかない!と思って。

ーでもリバラボでの経験は活きるのでしょうか?
【友基】
繋がってないように見えますが、案外繋がってることが多いんです。そんな理想の死を患者さんが迎えるには、本当に色んな人の助けが必要です。患者さん本人を始め家族、診療所、医師、看護師、ヘルパー…たくさんの人が一丸となって目標に進んでいく必要があります。それには仕事の垣根を超えたチームワークや信頼関係の構築が必要かと思いますが、自分はその「ノウハウ」 をリバラボで培ったと思います。対象は違えど、ここで学んだマネジメント、教育、絆の大切さは今後絶対に活きてくると思います。

ーなるほど、納得です。
【友基】
 過去の自分もそうだったように、まだ目標を見つけれていないリバラボ生も少なからずいると思います。焦って見つける必要はないと思いますが、
今ここで経験していることは絶対どこかで活きます
これは言い切れますよ! (笑) だから、諦めずに頑張って欲しいですね。

■ひとりでは克服できないことも、ここでなら乗り越えられる

ーリバラボインターンシップを通して1番学んだことって何でしょう?
【友基】
 これはありすぎて分かんないです。(笑)

ーそこをなんとか…!
【友基】
 う~ん… しいて言うなら…関わる全ての人を大事にすることですかね。いい結果を出す組織ってやっぱりメンバー全員が活き活きとして、いい表情をしてるんです。そんな状態を生み出すにはやっぱりメンバー間の支えあいとか、繋がりがものをいうんです。どんなにいい商材でも、サービスでも、一緒に頑張るメンバーの関係性が大事でないと結果なんてついてこないと思いますね。

ーその気づきを得られたのは大きいですね。
【友基】
 そうですね、インターン参加中は毎日が気づきに溢れ刺激的な毎日でした。リバラボ生としての生活が終わったと思うと…ちょっと寂しいですね。ずっとメンバーの誰かしらと寮で暮らしていましたし、やっぱり… 恋しいなー!! (笑)

ー愛ですね! 今いるリバラボ生に伝えれるとしたら、なんと言いたいですか?
【友基】 2つあります。

 1つ目は「愚直さを忘れない」 こと。2年間の間で自分自身がブレることってあると思います、自分も無かったわけじゃありませんし、そもそも目標もふわっとしてましたから。でも少なくともリバラボに入る前に「この2年間、絶対やり遂げる」 と決意を固めたと思います、だったら売上が上がらなくても、役職が上がらなくても、何か上手くいかなくても絶対やり遂げましょう! 結果は後からついてくるので、コツコツ目の前のことを丁寧にこなしていきましょう。
 そして2つ目は「なんでも仲間や上司に相談する」 こと。自分がスランプの時メンバーに助けてもらったように、困ったときや苦しいときは自分だけで解決しようとせず、周りに頼ってみてください。案外早く解決することもありますよ! (笑) ありがたいことにリバラボには皆さんのことを家族のように接してくれる仲間や上司がたくさんいます、みんなで一緒に乗り越えていってください! 応援しています。

ーありがとうございます! 新天地でも頑張ってください!

卒業生が口をそろえて言うことがあります。
それは「行動したやつしか未来はかえられない。」
自分を変えたい気持ちに遅いも早いもないんだ、その勇気ある一歩が君の未来を明るくするかもしれないから。
大丈夫、きっとうまくいく!