INTERVIEW 2020/02/05

GO NEXT(→) 跳ねろ、スリバ!!!/『固定観念をもつな、真摯たれ、おごるな、決めつけるな、ただ無形であれ』Vol.1 社長室 芝崎章

昨年、設立から10年を迎えた3Backs。
事業のさらなる拡大にともない、柔軟性と堅牢さを兼ね備えた組織づくりが求められるようになってきました。
現在急ピッチで内部統制が図られていますが、その屋台骨ともいえるコアメンバーたちがいます。
彼らはどのようなストーリーを経て、3Backsに入社したのでしょうか。そして、抱くビジョンとは?
3Backsのミライを照らすGo Nextシリーズ、Vol.1は社長室の芝崎章(47)をご紹介します。

芝崎 章(Akira Shibasaki)
2018年11月入社。3Backs最年長にして、男性社員の中でもっとも長い髪をもつ。短所は、横に太いこと。大卒。
面接で三浦代表のオーラに惹かれ、事業内容もよく知らないまま3Backsに入社。現在は社長室で、三浦代表の補佐を行う。趣味は読書。

「何もわからず、思えば空回りと勘違いの連続でした。
それでもやってきて良かったと、後になって思えることばかりです」

-リバースラボの研修生はほぼ20代で構成されますが、彼らと同じくらいだった頃、自身の20代を振り返って、どのような印象をもっていますか?

20代が何だったかと聞かれれば、がむしゃらに働いただけでしたね。何もわからず、思えば空回りと勘違いの連続でした。それでもやってきて良かったと、後になって思えることばかりです。
前半はアメリカに渡ってミュージシャンとしてひたすらギターをかき鳴らし、後半は帰国して営業の仕事をしていました。取り引き先に入り浸る毎日でしたね。

-音楽を諦めたのは、いつ頃でしょうか?また、その理由も教えてください。

24です。なんとか年収600万くらいまでは稼げるようになったものの、食べていけるようになってからが辛かったです。
この業界ってアマチュアの方が大変だと思われがちなのですが、アマチュアって上を目指せばいいだけなんですよ。ただプロになると、維持していかないといけない。それが一番きつかったです。

-日本に戻ってからは営業をしていたと聞きましたが、具体的な仕事内容について教えてください。

某印刷製本会社に入社して、出版社から原稿を受け取る仕事をしていました。個人成績で駆け上がって係長・課長、そして30の時には部長に昇格したもの、33で退職しました。

-順調にキャリアアップをした印象ですが、なぜ退職を選んだのですか?

マネジメントができなかったんですよ。
部長になった時点で部下が50人くらいいたのですが、他人の仕事が全然把握できていませんでした。係長・課長くらいまでは、自分がやってきた仕事を部下に投げればよかったのですが…。知識を得るためにいっぱい本を読んだのですが、全然実感ができなくて。次第に、燻っていきました。
さらに上はといえば社長とオーナーだけで、この先給料が上がろうが役職名が変わろうが、これ以上自分は偉くなれないなって気づいた時、辞めようと思いました。

-その後の職歴についても聞いていきます。印刷製本会社を辞めた後は、どのような仕事に就きましたか?

英語力と趣味の自動車レースが縁になって、F1レース開催に向けた国内外の渉外業務に関わりました。
実際は先方のわがままを聞いてこちらですべてそろえるって仕事だったのですが(笑)、開催された後はクレーム対策室に異動になり、クレーマーのもとに足を運んでひたすら頭を下げていましたね。
あとはパソコンの技能検定試験の運営会社に入社して、社長室で新規事業の立ち上げや内部統制などなど、面倒なことを6年ほどいろいろやりました。そこで積んだ経験が、今の礎になっています。

「三浦代表に会った時、熱量がまったく違ったんですよ。
僕が勝手に感じたのかもしれませんが、熱烈なラブコールを受けたような気がしました」

-さまざまな企業を渡り歩いていますが、仕事に望むものは何ですか?

高いモチベーションで働くことができるかというところですね。まぁ、こんな考え方をするようになったのは年齢を重ねてからで、若い時は稼ぎとか通勤時間とかそんな理由で漠然と働いていました。
でも経営者といつも一緒に働いていると、経営に飽きている人とかもいたりして、モチベーションの維持が難しかったんですよ。だからこそ、3Backsに入った時は、働くことの意義をこんなに本気で考えさせる会社があるんだと驚きました。

-その3Backsとの出会いについて教えてください。

SNSで仕事を探していました。
経営企画とか、社長室とか、事業企画とか、専門性よりも企画力が必要なものを探していたんです。そこで、3Backsが社長室で募集しているのを見つけました。
その時は、事業内容すらよくわかっていなかったのですが、面接で会った三浦代表に惹かれて入社しました。

-三浦代表が、他社の代表と異なったのはどのような点ですか?

人と接する熱量が違いましたね。社長室とか経営企画室の募集って、経営者と直接会うのですが、人を使えるか使えないかとか、その判断は淡々としていてドライなんです。他でも内定をもらっていた会社があったのですが、やっぱり同じで。
でも三浦代表に会った時、まったく違ったんですよ。僕が勝手に感じたのかもしれませんが、熱烈なラブコールを受けたような気がしました。だから、こちらの方が面白そうだなって。
ベンチャー企業って利益追求が徹底されていて、利益にならないことは絶対にやらないんですよ。事業判断とかにしても、とてもドラスティックで。まず、人間がって言葉が出てこない。ダメなら切る。儲からないのならやらない。
僕も正直そちら側の人間だったんですけど、常識が通じないということに驚かされました。

「挫折は忘れましたが、失敗はありすぎて書けません。
が、どんな出来事も、前妻に逃げられた時のことに比べたら大したことありません(笑)」

-衝撃的な出会いを経て、入社したのが2018年11月。それから1年と少しが経ちました。芝崎さんは会社の中では最年長となりますが、意識していることはありますか?

無形であれってことですね。
人のことを見た時、仕事に対する考え方、これはこういうものだという固定観念っていっぱいあると思うんです。
でもそれって、実はその先にある可能性を潰すことになるんですよね。こんなもんだって思った瞬間から、もうそれ以上はできなくなってしまう。そして、年を取れば取るほどこれが邪魔をして、がんばることができなくなってしまうんです。
20代って、何も知らなくても熱量があるので、目標に対してすごく遠回りしてしまってもがんばれるんですよね。でも経験積んでしまうと、ついつい近道を選ぶ。余分なことはしたくなくなる。それが一番可能性を潰しているというのに。
だからこその無形です。固定観念をもつな、真摯たれ、おごるな、決めつけるなとか、基本的なところを忘れないようにがんばっていますね。…油断すると、忘れますが(笑)。
でも、すごくありがたいところがあって、この会社は思い出すきっかけをくれるんですよ。僕は結構ダメなところがあるのですが、ここの人たちはダメなことをダメって言ってくれる。普通の会社だったら見捨てますよ。

-三浦代表の人と向き合う姿勢が、社風として根づいているのかもしれませんね。

そうですね。うちの会社の素晴らしいところだと思っています。でも、甘えちゃいけないですよね。
20代の子とか、研修生は許されるかもしれませんが、僕は最年長でやり直すって言葉が簡単に言えない年齢になっているので(笑)。

-業務の方はいかがですか?

昨年の自分では想像すらしていなかったことを、今していますね。初めはインフラ関係の仕事から着手して、エンジニア採用に関わるようになって、「え、俺っすか?」「大丈夫、できるっしょ」って感じで今に至ります (笑)。

-採用も幅広く関わっていますが、面接官として大切にしていることはありますか?

リバースラボにくる子たちは皆何かに挫折して、そんな今を何とかしたいとすがってここにきます。だから、希望を失うような物言いというのは、絶対にしないようにしています。

-芝崎さん自身の47年の人生で、最大の挫折を挙げるとしたらそれは何ですか?

挫折は忘れましたが、失敗はありすぎて書けません。が、どんな出来事も、前妻に逃げられた時のことに比べたら大したことありません(笑)。

-最後に、学歴や職歴の壁に悩む若者にメッセージを送るとしたら、どんな言葉を送りますか?

そうですね。人生に一番必要なのは、≪欲望≫だということです。
低く目標設定をした人は結局低いところしか届かないですし、そもそもその目標って自分が目指すところを向いていますか?無理に高いところを見ろとは言いませんが、でも自分が見ている方向にしか人間は進むことができないので。軌道修正が許される20代に、そのことを真剣に考えてほしいです。

3Backsのミライを照らすGO NEXT!!! Vol.1では、社長室の芝崎章のインタビューをお届けしました。
次回登場するのは、人事部の友森旺彦(Akihiko Tomomori)です。
28歳にして人事部長という重責を担う彼もまた、紆余曲折の果てに3Backsに来ました。
そのストーリーは、Vol.2で詳しくご紹介します。どうぞ楽しみにお待ちください!

オンライン面談受付中